2018年06月21日

諸葛亮孔明

諸葛亮孔明
西暦181年〜西暦234年

三國「 蜀 」の宰相。
字は孔明
襄陽で、晴耕雨読の生活を送っていたが、
劉備の三顧の礼に応じて仕え、
知謀をもって戦略家として活躍。

天下三分の計を説き、蜀漢が成立するに
及んで丞相となった。
劉備の死後、劉禅を補佐し、中原を奪回
すべく「 出師の表 」を後主にささげて
魏との戦いに向かうが、戦地にあること
七年間、魏の司馬懿と五丈原で
対陣中に病没した。

これが諸葛亮孔明の簡単なまとめに
なりますが、ゲームや小説では知謀を
張り巡らせて主君を守るイメージがあり、
劉備亡き後もその子劉禅を補佐して
蜀を守る姿に感銘を受けた人が多いですし、
「 忠誠心 」に魅了される人物です。

司馬懿と違うのは、魏を守るどころか
孫の司馬炎が「 晋 」を建国したので
悪人にされやすいですね。

諸葛亮孔明が、実際に術を使ったかは
不明ですが、確実な事しかしない様な
堅実派なので、ゲームや小説は
イメージを盛りすぎてる感はあります。

ただ、忠義を示す姿は見習いたいです。
posted by MITSUO at 03:38| 大阪 ☔| Comment(0) | 人物の生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月20日

項羽

項羽
紀元前232〜紀元前202
秦末の武将
名は籍 羽は字
楚の名門貴族出身。

始皇帝死後、叔父の項梁とともに
楚軍を率いて秦を滅ぼし、
西楚覇王と自称する。

後に、劉邦と天下を争い、
垓下の闘いで破れて烏江で自害した。

これが項羽の経歴になりますが、
項羽は一人の武将ならば、呂布よりも
武力があったとも言われています。
ただ、劉邦と比べれば人望がなくて
最期に「 四面楚歌 」の四字熟語が
生まれるきっかけとなった戦いのときに、
周りから故郷の楚の歌が聞こえた事で
味方がすべて劉邦についたと考えて
単騎で突っ込んで闘ったと言われています。

きっと彼は、自信満々の武勇を誇る人
で才覚もあって、自分でやった方が
速いと思う上司みたいな人
だったのでしょう。

人を束ねる為には、人の成長を見守る
忍耐と人に委ねる勇気が必要だと
思います。
失敗しても笑って許せることも、
リーダーの条件かも知れません。
posted by MITSUO at 05:59| 大阪 ☔| Comment(0) | 人物の生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月14日

王羲之

王羲之
307年頃〜365年
東晋の書家。

字は逸少  
右軍将軍、会稽内史に至り、王右軍と
称される。
楷・行・草のいずれにも長じ、
芸術としての書を完成に導き
「 書聖 」とよばれる。


書道家と呼ばれる人は皆、王羲之の
事を模倣していると言われる位、
後世に影響を与えています。

僕が知っている限りでは
「ばくざん先生 」は正に影響を
受けてます。
僕ら世代では「 よかいち 」の
CMに出てた人なんですけどね。
posted by MITSUO at 06:35| 大阪 | Comment(0) | 人物の生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする